第一・二岩稜間ルンゼ
コースタイム 平成2年3月11日 (快晴)
コースタイム:大沢休泊所4時10分〜第二岩稜下8時10分ー9時10分〜第一岩稜上 9時52分〜お鉢稜16時08分〜大沢休泊所18時48分
メンバー:芹沢 勲、山田泰広、工藤誠志(小林久二彦、田辺登志夫:第2岩稜)
剣ヶ峰大沢の厳頭部に登り続けた時代が去ってから十年近く経ってしまった。あの頃、乳飲み子だった長女は、小学生四年生になっている。所属する山岳会の世代も代わり、チーフリーダー、リーダーもこの山域の経験者がいなくなった。あの頃のパートナーの小林君と声を掛け合い、若手の案内人として、入山することになった。懐かしさ一杯の気持ちで、大沢出合いの大滝へと向かっう。大沢出合いの護岸工事も進み、大滝下にあった大岩がなくなっていた。右岸の鉄砲尾根の取り付き点の目印だった大岩がなくなったので、ヘッドランプの光で、右岸の稜上に出る踏み跡を探しながら登り出す。踏み跡を見つけ安心して、尾根上の原生林の中で上へ、上へと進む。そこには、十年前と変わらぬ自然の世界が残った。大木の下、草も少なく、雪もなく順調に高度をかせいで行く。ところが、傾斜が緩くなった頃、大沢側の岸縁が、大きく抉れ、尾根が狭くなっている。古い踏み跡も消え、左を巻くように新しい道が作られていた。そこで一休みとした。大沢は生きているのだ。雪が残る斜面を少し登って、月明かりに浮かぶ大沢休泊所に着く。
早朝、休泊所を出発。隣の神社脇から、裏手の尾根に出て登り始める。10分ほどで、展望台に着く。ここから大沢右岸の縁を登る。かつて、一シーズンに何回も通ってきた頃に比べ、岸縁の崩壊が激しい。尾根上を行くより、大沢側の雪面を登る。何カ所か、大沢側の斜面に網を掛けて、崩壊を防ごうとしている。大沢の沢に下り出す目安のダルマ石、ピナクル(ローソク岩)は、まだあった。何か、旧友に逢った気持ちになる。そこから、少し岸上を歩き、大沢の沢底へ下り出す。ところが、かつては、単純な雪面を下降気味に沢底を目指せばよかったのに、今は、幾つもの谷筋ができて、そのひとつひとつを、登り下り、右左に巻かなければならない。浸食が進んでいるのが、実感できる。先行する若手は、早々に谷底に降り、対岸の右岩稜の末端の雪面を二股に向かって歩いてる。3月のためか、落石があり、私は、沢底に行きたくなく、右岸側の傾斜面を狭くなったところまで進んだ。そこで、左岸側にある右岩稜末端の雪面に渡る。年齢による体力差は正直で、若手三人が休んでいる右岩稜上のところへ、芹沢君と私が遅れて着く。休憩後、ザイルを出して結び合い、第1岩稜末端壁の下に、急いで右俣を横切った。そこから、壁にそって進み、第2岩稜末端に取り付き雪面を尾根上の岩稜下まで登りつめた。
小林君がトップで、取り付く。岩に氷が張り付き、それを落としながら右に巻き、姿を消した。そして、ハーケンを打つ音がし出した。しばらく確保する田辺君に何の動きがない。その内、田辺君が、様子を確認するために声をかける。それでも動きがない。時々、ガサガサと氷が落ちて行く音がする。そして、少しザイルが伸びる。1時間して、「ビレイ解除」の声がした。この分では、残り4人が、第2岩稜を登るには、相当の時間がかかる。登り出し、岩を巻いたところから田辺君が、「いやらしくて悪い」と、ルート情報を知らせて来た。迷うことなく、芹沢君は、第1岩稜と第2岩稜の間のルンゼを登り出す。残りメンバーに、この選択の反対者はいない。
このルンゼは少し登ると、傾斜のきつい滝状になっている。しかも氷は固い。ピッケルとバイルを氷に打ち込む。そして身体を引き上げる。この滝状部分を右手から抜け、上部の雪面に出た。そこからは、ザイルもスムースに伸び出した。ところが、小林君側のパーティーが3人で登る予定だったので、そちらにザイルが2本ある。こちらには、3人で1本のザイルしかない。責任払いで、2人の中間に私が入り、ゼルブストと結んだカラビナを、そのザイルに通すだけで登り出す。
滝状を越すと、雪面上で確保する芹沢君の姿が見えた。彼は、太陽の光の下にいて、暖かそうだ。考えて見ると、早朝から行動して5時間もの間、太陽のぬくもりと縁なく動いていた。テキパキと雪面を登り、芹沢君のいるところに着く。冬山では、太陽の下はいい。のんびり山田君が登ってくるのを待つ。二人の姿は、「登攀」を感じさせるアングルだ。カメラを出し、日本最高峰への登攀の写真撮影をする。この先、1ピッチで第2岩稜側の雪面を登る。次に、雪面を2ピッチで第1岩稜側にトラバース気味に登り、第1岩稜上のテラスに出て、座っての休憩とした。このころ第2岩稜を登っている二人は、と見てみると、取り付きの岩壁部を右から巻き、稜上に姿を見せている。各パーティー、それぞれ、第一岩稜と第二岩稜をそのまま中央岩壁までつめることにした。第二岩稜の2人は、中央岩壁基部から、左へトラバースして、我々の第一岩稜まで来た。
再び5人となり、ザイルの調整をした。そして、中央壁の左隅を登ることになった。小林君が、登攀を開始する。岩の表面には、氷が付着しているベルグラ状態である。少し、直登して左に巻き、中央壁の左側面を登って行く。ハーケンを1本打ち、左に巻きながら進んで行く。途中の岩の状態が悪く、小林君はこの1ピッチに1時間かかった。田辺君がセカンドで、スムースに登って行く。次の我々のパーティーの番だ。このパーティー隠居的存在の私が、なぜかトップで登攀を開始した。初めの直登は、ダブルアックスで突破する。その上の岩壁部は、氷面ともろい岩をだまして登る。上部の雪稜に出る少し手前で、ザイルが一杯になる。後の2人に少し登ってもらい、雪稜に出て、ピッケルで確保して、2人に登るようにコールする。すぐに登って来た2人。山田君がトップで、鬼の面岩に向かって登って行く。先行した2人組の姿は、もう見えない。岩場に入って確保。芹澤君と私が登る。続けて、山田君が、トップでノコギリ岩の最上部先端に向かって、雪面を登って行く。所々ブルーアイスの氷である。雪面と安定した岩場を選んで進む。ノコギリ岩の上部の雪面に出ると、雷岩が、見えてきた。昔と変わらなず、正面に垂壁を張り出した岩場である。その東側の雪面を登り続ける。
例年より、雪が多いためか、この大沢源頭部の最後にある、横に広がる小滝帯は、雪に埋まりその頭部を見せているだけだった。すでににお鉢の稜上にいる小林君から、「ザイルをしまって、早く来い」とのコールがかかる。傾斜もゆるんだので、ザイルをしまう。残り少ない岩と雪のミックスの斜面を登る。そんな中のブルーアイスにアイゼンの爪が食い込み、抜けなくなった拍子に、私のアイゼンがはずれてしまった。ワンタッチ式着脱のアイゼン締めである。はめ直して、お鉢の稜線まで登る。登攀は終了した。
いつの間にか、夕暮れ時になっていいた。急ぎ下降ポイントの仏石沢頭部へ向かった。しかし、歩くとその拍子に私のアイゼンは、はずれる。ワンタッチ式締め具のため、応急修理は効かない。調整部のネジは、錆びて効かない。足を横にして、はずれ易い部分にショックを与えないように歩く。はずれない。急傾斜の沢の雪面を、右足を横にして下って行く。それで、夜空の下、無事大沢休泊所に戻った。この山行を若い3人が、「スケールのでかい登攀ができた。」と、満足してくれたのが、何より嬉しかった。
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