左俣ダイレクトルート:平成13年3月11日
 
 左俣ダイレクトルート
コースタイム:平成13年3月10〜11日 
3月10日(土)大沢林道終点発15:54〜約2000メートル17:10−17:25〜    大沢休泊所着18:25
3月11日(日)休泊所発5:20〜ダルマ岩6:30−:45〜インゼル末端    9:22−9:30〜ノコギリ岩10:10−:32〜右岸ルート上12:04着   〜お鉢12:26−:45〜休泊所15:20−:40〜大滝16:34 
メンバー:清 靖雄、工藤誠志
 昨年、一昨年と富士山御中道めぐりの行事を手伝った折、富士山の砂防の関係者は、剣が峰大沢内の地形、岩石などに興味を持っていることがわかった。大沢の源頭部の現状を知りたくなり、10年ぶり、剣が峰大沢源頭部の登攀をすることにした。

久しぶりの剣が峰大沢の登攀で緊張していた。そのため、車に登山靴を乗せ忘れ、大沢林道末端から、家に取りに帰って再びもどり、歩き始める。大滝を眺めながら左の鉄砲尾根にとりつく。程なくして、路面の雪が氷った状態のためアイゼンをつける。その先、やせ尾根は広くなり雪も、深くなってきた。傾斜のゆるい尾根をさらに登っていく。時々、標高や休泊所までと大滝までの歩行時間を示す看板が現れる。それを気晴らしに、歩き続ける。久ぶりのフル装備の荷に、疲労を感じひと休みとする。

 また、雪の広い尾根を登っていくと、ようやく大沢砂防工事現場のモノレールのレールが出てきた。あと一息で、休泊所までの所だ。薄暗くなりだして、休泊所に着く。誰もいない雪の中にひっそりと立つ建物は、足しげく通ったころに比べると、立派に修繕されている。管理者の許可を得てるいるので、小屋を利用させてもらう。期待していたストーブがあり、つけさせていただく。ヘッドランプを頼りに、靴を脱ぎ、夕食の準備にかかる。ストーブの前で、食事の準備する姿にこの20年の時の流れを感じた。

 4時に起床して、食事をとり出発する。休泊所隣の三柱神社の鳥居で無事を祈る。右手から巻いて、上へ登っていく。10分ちょっとで、展望台に着く。広場があったはずだが、広報で知らされたように、大きく岩や土が落下して、ガレ場になってしまった。ここからは、大沢側の雪面を登る。雪は、クラストしている所と、軟雪がミックスしているが歩き難くはない。ヘッドランプの明かりを必要としなくなり出した頃、ダルマ岩に着く。その上にある、次の大岩の「ローソク岩」まで頑張り、休憩とする。いよいよ、大沢に下りていく場所に来た。しかし、昔に比べ、右岸の尾根から大沢に下ってくる稜と稜の間が、深く崩れ、右岸よりに支尾根を登りながら、下降しやすい場所を探しながら進む。支尾根を一つ越し、二つ越しして、二股へと近づく。途中、影富士が、南アルプスまで届く三角形で、大地に描かれだす。二人して、このスケールの大きい絵を、写真に収める。

 沢筋をよく眺めると、二股周辺の沢底が崩壊石で埋まったためなのか、右岸の側面を巻いていくだけで、二股に着くことができである。大沢に落ちてくる支尾根二つの末端の岩壁の下を通過して、二股に出た。ここより上部の岩壁には、強風で形成された「エビの尻尾」の雪が一杯着いた雪の世界となっている。すぐに、インゼル末端の第1岩稜下に着く。 厳冬期の富士では、電動式のコンパクト式カメラは、作動しない。念のため持参したポケットカメラで、大沢厳冬部内部とそこにいる自分らの雄姿の写真を撮る。右俣も崩壊が進み、第3岩稜を登攀した時より、明らかに沢筋が深くなっている。第1岩稜末端を左から巻いて左俣に進む。その途中には、左俣をさいぎるノコギリ岩がインゼルから鋭く降りてきているのが確認できる。その細い板状の岩は、そそり立っている。周辺の岩が侵食を受け続けているためか、鋭くそそり立っている状態が目立つ。右上から沢筋に降りてきて左上まで左俣を横断するその岩は、沢筋では、滝状になって遡行を遮る。その段差も大きく、場所によって3〜10mはある。これを乗っ超すのに、一苦労させられそうだ。近づいていくと、左側に岩陰があり、そこの段差は、3メートルくらいである。岩も小さい段があったり、氷がたれて登れそうである。その箇所まで行き、休憩とした。ロープを出す。足を滑らせると数百メートルは、滑り落ちる傾斜の中での登攀となる。緊張する。ロープを結び、氷柱と、アイスハーケン1本の支点で、慎重に清君が登り出す。氷柱を利用して、岩の上の雪面にピッケルとバイルを打ち込む。岩が邪魔して、うまく乗っ越せない。ちょっと引っ掛けたバイルを頼りに、足を氷に蹴り込み上へ重心を移す。無事滝状のノコギリ岩の上部の雪面に出た。ロープが30メートル伸びて、「ビレイ解除」のコールがかかる。今度は、私の番だ。氷柱の右の岩壁を越そうとしたが、上部にいいホールドがない。2,3回試みたが、重心を持ちあげるにいたらなかった。そこで、清君と同じひ氷柱の場所を越すことにした。清君にロープを張ってもらい、強引に乗っ越す。その上は、雪面が広がり、左右の壁には雪のエビの尻尾が一杯ついた銀世界となっていた。傾斜は滑落を許さない急な状態だが、相互の技量を信じ、ロープなしで上を目指して歩き始める。

 右手には、立派な雷岩がそそり立ち、左手には、岩壁が上部に伸びている。左右の先に、緩やかな雪稜が並打っている。今までの登攀記録は、左俣をここまで来て、右手のインゼル内に登って、剣が峰に向かっている。それは、通常左俣が、この上部から落石を冬でも、落としているからである。しかし、おととい山頂の温度がマイナス26度と報じた、一級の寒波が来ているため、今日は、一個の落石とも出会っていない。そんな絶好の大沢登攀日。このまま、左俣をダイレクトに登る機会は、そうあるもんではない。このまま、左俣をつめることにした。雪面の中に岩が顔を出す斜面を上に、上に、登る。間もなく、雷岩と同じ高さとなる。上部右に稜線の肩のような所が見える。そこを目指して、傾斜の落ちた雪面を登り続ける。正直なところ、両足の脹脛が張り、つりそうな状態になっている。トレーニング不足がたたって、スピードが出ない。剣が峰の山頂まで行くという、清君には、先に行ってもらい、マイペースで歩き、右岸ルートの稜線を目指す。雪の丸い丘の左手の肩に着くと、岩に赤丸のペンキがあった。右岸ルートに着いたのだ。少し進むと、お鉢の稜線である。清君を待つ間にお鉢に出ようと、最短コースを進み、お鉢に立つと、突風が私の体を浮き上がらせる。自分から四つんばいの姿勢で雪面に倒れ込む。その瞬間に、かけていたサングラスを、突風にもっていかれる。それは、お鉢の中へ飛んでいった。こんな強風では、歩けそうにない。はって大沢側に戻る。この強風の下、山頂にいった清君が心配になる。清君が越していった右手の雪の丘に登り、ドームが見える岩陰に入る。ちょうど清君が山頂測候所前に進む姿が確認できる。絶好のシャッターチャンス。急いで、ポケットカメラを出し、一枚撮る。自由に歩いている様子から、突風は特定な場所だけで吹いているようだ。安心して、雪面に寝、測候所を眺めて清君が姿を見せるるのを待つ。程なくして、下りながら、こちらに向かってくる彼の姿を確認する。戻って来た彼と登頂祝いの握手をする。

 休むこともなく、右岸ルートの右の雪面を下降する。傾斜はきついが、雪面の状態がよく、ぐいぐい下る。左手に、岩の段差があるので、右よりに雪面をどんどん下る。少し、左手に戻るように雪面を選んで下る。しかし、岩が多く露出した岩稜帯があり、右手の雪の斜面が多い沢筋に進む。頃合をみて、岩稜帯を一つ越し、小さい沢筋を下って、また岩稜帯を越したが、右岸ルートに戻らない。清君が、「前回は、樹林帯に近づいてから、真横に行って右岸に出た」という。それに従い、もう少し、沢筋に下り、下に樹林が見えるところまでいく。越しやすい岩尾根を巻く。あいにく霧がかかり、遠望が利かず、大沢らしい沢縁に出ない。もう一つ尾根を巻く。しかし、霧の先に、樹林帯の尾根がまだ見えている。がっかりしながらも、清君が先行して、こちらの尾根から、もう一つの樹林の尾根へと巻くと、大沢側が切れ落ちた右岸ルートに戻った。その場所からは、薄暗くなった霧の中に、下にダルマ岩、上にローソク岩が見えた。動きたがらない体に言い聞かせて、登りにつけた雪面の足跡を探しながら、大沢休泊所に向かいまた下って行った。
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